山本史郎訳『赤毛のアン』大人こそ読みたい!

「赤毛のアン」は何年かおきにブームがきて繰り返し取り上げられます。アニメや映画になったり、ドラマの原案になったり、旅番組で取り上げられたり。もっとも人気があるのは世界中で日本が一番だそうですが。

図書館の検索ワードで「赤毛のアン」と入力しただけで、たくさんの本が抽出されます。

 

「赤毛のアン」は大人気の作品ですね。

 

 

詳細な解説(注釈・エッセイ)付き

本書は最初は1999年に出版され、15年たった2014年に改訂新装版が出版されました。

本文だけでなく巻末に解説が収められていますが、単なる解説ではなく、かなり詳細な解説が本文よりも小さいフォントで2段組になっています。この解説が本書の魅力ともいえます。

 

「赤毛のアン」の本文がどういった背景で書かれたものなのか、それに対してどのようなことがいわれているかなど。その一文でそこまで深読みするのかと思ったりします。赤毛のアンだけでなく、モンゴメリの他の作品も比較対象としてあげておられます。

 

 

 

興味深い解説

「赤毛のアン」の作品の魅力として「なぜ赤毛なのか」「なぜ孤児なのか」ということがありますが、そのことも解説しています。特に孤児事情は、今でもまだまだ改善の余地があり難しい問題ですが、当時はもっともっと悲惨だったことがよくわかりました。

 

女性としての当時の社会の地位や役割、手仕事の料理や手芸的なことなど自給自足の歴史的背景が興味深かったです。

 

「赤毛のアン」には、たくさんの草花の名前がでてきます。知らない名前はネットで調べてみて読み進めたりしました。モンゴメリはかなり草花に詳しいことを感じます。草花や風景の表現も大きな魅力です。

 

 

 

理解しづらい感覚

原住民と移民者・侵入者の歴史的争いも、この島でも当然のことながら存在していて、日本人の感覚では理解しづらい部分でもあります。

 

理解しづらいといえば、宗教的感覚です。

 

「赤毛のアン」でも信仰色が濃く感じ、とても違和感があります。

孤児を求める文書にも小さな子どもでさえプロテスタントかカトリックか問われています。なにか起こると神が関わっていると判断します。お祈りもかかせません。日本人にはない感覚です。

 

また発表会が「暗唱」いうのも、ピンときません。時代の問題でしょうか。ステージで大衆の前で詩を朗読するのが娯楽だったようですね。まあこれはこれで時代を感じるといった楽しみ方はあるかと思いますが。

 

 

村岡花子の訳

村岡花子の訳はどちらかというと、アンというヒロインを引き立てるように訳されています。また、アンを引き取るマリラは、いなかのちょっとこわいお婆さんのようなイメージに演出してあります。しかし、原作では、アンにおとらず、マリラの心の中もとても詳細に描かれ、そこに徐々にやってくる変化がくわしくたどられていきます。村岡訳では、このマリラの心理を描いた部分に省略があったりしました。

 

原作では、マリラの成長が物語の中で大きなウェイトを締めているのです。なのに「いかにも田舎のお婆さん」と感じさせるような口調なのは考えものです。それだと成長し変化するマリラの印象は原作とは大きく違ってしまうからです。

 

村岡訳以外の訳も多数ありますが、多くは村岡版の影響を受けたマリラの口調を演出しています。

(あとがきより抜粋)

村岡花子の訳でアンが魅力的な少女として描かれたことが、「赤毛のアン」が日本で大人気となった一因でもあることは、揺るぎがないことであります。

 

しかし、アンをひきとったマリラとマシューの心の変化も大きな感動を与えてくれる要因です。

 

あまりしゃべらないマシューは、少ない言葉のひとつひとつがエッセンスとして心に残ります。それはそれで、とても効果的です。

 

もしマリラも言葉少なげだったら、この物語のおもしろさは半減してしまうでしょう。マリラがユーモアと皮肉をちょっぴりまぜて、機関銃のようなアンのおしゃべりに会話をはさむこともおもしろさなのです。

 

ですから、マリラを単なる「厳格な田舎お婆さん」にならないように訳された本書を読むことができてよかったと思います。

 

大人になっても

「赤毛のアン」の魅力は、アン自身が魅力あふれる人柄であることはもちろんのこと、育てたマリラたちも最後は「自慢の娘」として引き取ったことを喜ぶ変化も感動を呼びます。しかし読者が子どもの頃にはなかなか理解できないと思います。読者も成長し大人の心境がわかる年齢になってマリラ側の心境に共鳴し感動が膨らむものと思います。

 

ですから、「赤毛のアン」は単なる「児童文学」にとどまらず、年齢問わず読んでみてほしいです。子どもの頃に読んだから「知ってるわ」で終わらせないで、また読んでほしいし、私も数年ごとに読み返したいと思いました。

 

本文で好きな一文

あたしの未来は目の前にまっすぐのびているような気がしていたの。でも、いまは曲がり角にきたのよ。そこを曲がると何があるのかわからないけれどいちばん良いものがそこにあると、あたし信じるつもりよ。マリラ、曲がり角っていうのも、それなりに面白いわね。