映画『鹿の王』原作のあらすじ&登場人物

・守り人シリーズ
・獣の奏者
に続く上橋菜穂子氏の代表大作、「鹿の王」を原作とした劇場版アニメが公開されました。

上橋菜穂子氏

上橋菜穂子氏は児童文学のノーベル文学賞ともいわれている『国際アンデルセン賞』を日本人で2人目として受賞されています。ちなみに日本人初が童謡「ぞうさん」で知られる“まど・みちお”氏。3人目は「魔女の宅急便」の原作者・角野栄子氏です。

ということもあり、上橋菜穂子氏は児童文学者と分類されております。

しかし「鹿の王」は、児童文学というより、大人も充分読み応えのある奥深いファンタジーです。

2015年本屋大賞1位受賞作品でもあります。

上橋菜穂子氏はエッセイの中で
「登場人物が勝手に動き出して物語を作っていってくれる」
というようなことを書いていました。

ある作家さんは
「登場人物が勝手に動き出すということを言う作家がときどきいるが、そんなことは普通はありえない。よっぽどの人でしょう。綿密に構想を練って創り上げていくものだ」
といっていましたので、上橋氏のスタイルはよっぽどのことなのでしょう。

しかし『鹿の王』は、それまでの作品と比べても、構想が綿密に練られているように感じます。

 

ファンタジーの楽しみ方

ファンタジーなので、現実にはない世界、その場面を読み手の想像力で創り上げで読み進めていくことになります。そこにファンタジーの醍醐味があります。

作者の中には正解があるのでしょうけれども、物語としては読み手の想像力によって千差万別。

映画を観る側としても、アニメの描写が必ずしも正解ではないので、自分の想像と比べてみるのもおもしろいかと思います。そして自分の想像と違っても否定的にならず、その差を楽しむのもおもしろいかと思います。

空想力を広げて頭の中で創り上げていく作業が「めんどくさい」と思ってしまう人は「ファンタジーは性に合わない」となるのかもしれません。

 

テーマ

隣り合う国とのせめぎあい、民族間の調和、疫病が大きなテーマです。

文化人類学を研究されてきた上橋菜穂子氏ならではの大きなテーマが流れています。

島国・日本でほぼ単一民族の中で暮らしていると他民族や民族存続の危機を意識することは皆無に等しいですが、他民族が混じり合う土地で存続を気にしながら生きていく人たちもいるということを改めて認識します。

そこには同じ民族でもその人の考え方で生き方が違ってきます。穏やかに自分の気持ちをごまかしながらも調和して暮らしていきたい人、頑なに貫きたい人、遺恨を晴らしたい人、ひたすらに隠したい人、自分だけを守りたい人など様々です。少数民族だからといって気持ちが一緒ではありません。なので複雑な裏表のある人間関係が物語の中に存在します。

また「鹿の王」に描かれた疫病・黒狼病も空想上の病気ですが、大きな題材です。

それも複雑な病気です。なぜ複雑かというとは疫病は真実をつかむのに時間がかかるうえ、時間が経つと変化するからです。それは現在流行中のコロナと同じですね。イギリス型の変異ウイルス、デルタ株、インド型などと変化していますね。

 

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登場人物

[主人公]
ヴァン:
40歳代くらいの男性。
妻、こども、きょうだい、親を亡くした孤独者。
トガ山地民、ガンサ氏族。飛鹿の遊牧で暮らしていた。カシュナ湖畔の戦いで東乎瑠帝国に敗れ岩塩鉱で奴隷として働いていた。

ホッサル:
26歳の男性。
古オタワル王国の始祖の血をひく聖なる人々のひとり。
高名な医術師の祖父の助手も務める医術師。
「もうひとりの主人公」と本に書いてあるので、このホッサルとヴァンがこの物語の主人公になる。

ユナ:
ヴァンの養女。岩塩鉱で亡くなっていた母親がかばうように守っていたカマドの中で泣いていたのをヴァンが見つけた。まだ会話ができないくらいの幼子だった。ヴァンとユナだけが岩塩鉱を黒い犬たちが襲った事件で生き残った。

リムエッル:
ホッサルの祖父。
高名な医術師。
清心教の祭司医に対し、オタワル医術を根付かせるために全精力を傾けて金も使い、多くの貴族を助けて、人脈もつくってきた。オタワル医術の存続を気にせずに医術に没頭してきた孫のホッサルとオタワル医術の将来を危惧している。

マコウカン:
ホッサルの従者。

ミラル:
ホッサルの助手。女性。

トマソル:
ホッサルの義兄。

シカン:
トマソルの助手。
ユカタ平原、火馬の民の出身。
兄はケノイの従者でアカファ王に殺された。
後半のストーリーの鍵となる人物。

マルジ:
モルファ(アカファ王の網。野盗やスパイととらえることを代々の職務としてきた)。後追い狩人の頭。

サエ:
モルファ。マルジの娘。
後追い狩人。
弓の名手。

王藩侯:
東乎瑠帝国アカファ領主。

迂多瑠:
王藩侯の長男。
犬にかまれ狂犬ノ病を防ぐ治療をホッサルにすすめられたが「狂犬ノ病は獣の魂に穢された下層民がかかる病で自分は天ノ教えを忠実に守っているから病にかからない」と拒み命を落とす。

与多瑠:
王藩侯の次男。

呂那:
王藩領の祭司医長。
祭司医は手の施しようがないと判断すると、安らかに逝かせるための薬を投与するやり方。ホッサルたちは最後まで医療をほどこし延命をあきらめないやり方。ホッサルたちのやり方では清心教をもととする国が乱れると祭司医たちはホッサルたちを嫌っている。

呂那はかつて王藩侯の病を見誤って危篤に陥らせたことがあり、ホッサルがその危機を救った。ホッサルは呂那の誤診を王藩侯に告げなかったが、呂那は自らの誤診を王の前で陳謝した。

深学院長:
チイハナ(小柄な老女)奥仕えの元締め。

ケノイ:
火馬の民のかつての族長。
キンマの犬をあやつる犬の王
かつて火馬の民の族長だった。犬の王になるとき我が身を脱ぐ。脱ぐと強くなる。ふだんは老人。

オーファン:
27,8歳くらい。
ケノイの息子。
火馬の民の族長。

スオッル:
谺(こだま)主。
ヨミダの森の老人。
亡き妻がかわいがっていたワタリガラスに魂を乗せ身体を移動したり、カラスの声を人間の言葉で伝えることができる。

黄昏の狭間をくぐって飛べるお方。誰かを招くときは使者に漆黒のワタリガラスの羽根を持たせる。大小2枚の羽根はユナは光って雪の色に見えた。ヴァンは黒だと思っていたがよく見ると色がわからなくなった。

飛鹿(ピュイカ):
鹿の一種。頑健。断崖絶壁に強い。急峻な崖をなんなく駆け上がり駆け下りる。早く機敏で跳躍力がすさまじい。古木にとりつく地衣類のモホキが嫌い。モホキで囲っておけば柵の中に閉じ込めなくてもそこから逃げない。

トナカイ、大鹿
飛鹿と大鹿は似ている。

半仔(ロチャイ)
狼と山犬を掛け合わせた犬の蔑称。

アカファの火馬:
普通の馬よりひとまわり小さく、四肢が引き締まった、太陽がさんさんとあたる野で生きる赤い毛が美しい馬。

キンマの犬:
病んだ火馬の肉を食べても生き残った神の御力をいただいた犬。

キンマの神:
火馬の民が恐れ敬っているハエの姿をした神。

火馬の民:
すぐれた猟犬を持っている。東乎瑠の侵略により故郷を追われた民族。

 

疫病の発症

古オタワル王国に250年ほど前に疫病が流行。

古オタワル王国最後のタカハル王は内海に浮かぶ島に、病んだ人々と去るのを拒んだ者を残し、衣を脱ぎすべての体毛を剃って橋を渡り、橋を落として封じ込めた。

そして疫病の害を免れた大陸の街カザンに王都を移し、タカハル王は王座を退き、アカファ人の都主に王国を譲った。

アカファ王国は黒狼熱から生き延びるために立てられた国だった。

またオタワル聖領にはオタワルの貴人が移住。アカファ王国は東乎瑠帝国と争わずに恭順していった。

 

 

裏返し

魂の自分と身体の自分が裏返る。
身体の内にかつての自分と違う生き物がいる。

裏返る身体を持つものは他の者とは違う目や鼻を持つ。
犬に噛まれても生き残った、ユナにはイキミが光って見え、ヴァンにはアッシミが強くにおう。

ヴァンはキンマの犬たちに向かい合うと裏返りが起こる。身体が脱げて光り輝く大きな犬になる。キンマの犬たちの魂と共鳴して魂を束ね手綱を引くように動かせるようになる。

 

言い伝え

南のユカタ平原に暮らしていた火馬の民。東乎瑠帝国の侵略によりユカタ平原には羊が放たれ豆や黒麦の畑になった。もともとユカタ平原に生えていた麦と混ざって毒麦に変わった。その毒麦を食べても死ななかった火馬はキンマの神から特別な力を宿された。それを食べて生き延びた犬は強く驚くほど賢くなった。

「馬が死んだら火葬にせよ。狼が掘り返して馬の味を覚えぬように。ただし病んで死んだ馬は土葬にせよ。食べた狼が苦しんで二度と馬をたべたいと思わぬように」とキンマの神は言った。

狼の仔をはらんでいた母犬。寒さ厳しく飢える冬。病んだ馬を食べた母犬は仔を産んで死んだ。仔は郷一番の猟犬になった。しかし本当のところは母犬は死なず、仔は頑健になったとも言われている。

この特別な半仔は、東乎瑠の暴虐に苦しむすべてのアカファミンを救うためにつかわされた神の使いだと思われている。

 

 

取り落とし

威力のある武器を使うとみせかけて、わざと落とす。失敗したとみせかけ油断した相手の懐を刺す。真の企てのために策がついえた、と油断させるやりかた

それを取り落としという。

東乎瑠の皇帝が監視のために己の目の代わりになる者を定期的に派遣してくる「王眼来訪」。

移民達がどんな成果を上げているかを披露する行事「博覧ノ会」では、飛鹿に乗って見事な技を披露した者には賞金が出る。

ここでオーファンが得意の詐術「取り落とし」を仕掛けた。

 

あらすじ

主人公ヴァンは岩塩鉱で奴隷として働いていた。昼間は過酷な労働を強いられ夜は足かせで鎖に繋がれて寝た。

ある夜、黒い犬が群れをなしてヴァンたちが寝ている洞窟を襲った。ヴァンもまわりの者と同様に黒い犬にかまれた。その日からまわりは咳き込んだりだるそうにしたりと具合が悪い者が増えた。8日目が過ぎた頃、ヴァン以外視界に入る者全員が死に絶えた。

ヴァンは「ここにいてはいけない」気がして鎖を力任せにひきちぎって脱走した。

地上にあがってみると、人の気配がない。建物の中を探索していると幼子の泣き声がし、かまどの中から小さな女の子を助け出し、一緒に岩塩鉱をあとにした。

オタワルの医師ホッサルたちが洞窟の調査にやってきた。奴隷がひとり脱走したことをつきとめる。その脱走者を捕獲すれば、真相にたどりつけるだろうということで捜索が始まった。

 

鹿の王とは

鹿の長(おさ)
女に愛され子宝に恵まれ子ども達を慈しみ、立派に育て上げたような老人を敬意を込めて呼ぶ。

しかしそれよりも最も敬うのは
「鹿の王」

飛鹿の中に群れが危機に陥ったとき己の命をはって群れを逃がす鹿が現われる。群れの存続をささえる鹿。

過酷な人生を生き抜いてきた心根をもって他者を守り他者から慕われているような人のことを心からの敬意を込めて、あの人は「鹿の王」だと言う。

ヴァンこそが「鹿の王」ではないか・・・。

感動の超大作!!です。

 

 

 

映画
『鹿の王』
2022年2月4日