映画『ネバーエンディング・ストーリー』傑作ファンタジーの実写化!

原作はミヒャエル・エンデの『はてしない物語』。

原作が長編ということもあり、内容はだいぶ省略されています。

映画撮影においてのエンデ側の要望が実現されなかった事柄もあります。

とくにラストに腹を立てた原作者は、訴訟を起こすほどでした。

それでも映画としては楽しめます。

映画が制作公開されたのは1984年。すでに36年も経ちます。

そろそろリメイク版映画「はてしない物語」をどこかが制作してくれないかな~と個人的に思っています。

こんなにおもしろいファンタジー、もったいないなと。

 

 

『はてしない物語』

総ページ589pの長編です。
1979年ドイツで刊行され、日本では1982年に刊行されました。
日本では岩波書店が発行、値段は定価2950円。

本の装丁にこだわりを持っていたエンデの希望により、表紙はアウリンの2匹の蛇が描かれ、えんじ色の布張りになっています。

中の文字は赤系青系の二色刷になっていて、現実世界が赤系本の世界が青系とわかりやすいです。

ミヒャエル・エンデ

ドイツの児童文学作家です。

『はてしない物語』の翻訳者佐藤真理子さんと再婚しています。

1995年没。

 

 

主な登場人物

バスチアン
主人公
現実世界で「ネバーエンディング・ストーリー」を読んでいるうちに、本の世界に入り込んでいく。

 

アトレーユ
本の登場人物で「ファンタージエン」を救うために旅に出る少年

 

アルタクス
アトレーユが乗っていた馬。悲しみの沼で沈んでしまう。

 

ファルコン
物語に登場する竜。

 

象牙の塔の女王
本の登場人物で子どもの女王。

 

 

映画のあらすじ

主人公バスチアンはいじめっこから逃げていた。必死で駆けこんだところが本屋だった。コレアンダー書店の主人は「子どもは嫌いだから、早く立ち去れ」という。すぐには外に出るわけにいかないバスチアンが立ち往生していると店に電話がかかってきて主人が席をはずした。まわりを見渡すと本だらけの店内で「ネバーエンディング・ストーリー」と書かれた本にひきつけられたバスチアン。どうしてもこの本を読みたくなったため、「あとで必ずお返しします」とメモを残し本を盗んでしまう。

学校へ行くとすでに授業は始まっていた。しかも算数のテストだ。バスチアンは教室に戻る気持ちがすっかりなえてしまった。それよりもこの本を早く読んでみたいと思い、屋根裏の物置部屋へ行く。ここなら誰にも邪魔されずにすごせると、ほこりだらけのマットの上で本を読み始める。

物語の舞台は「ファンタージエン」だった。

岩男のロックバイターが言う「ふるさとの美しい湖が突然消えてしまった!」と。

いま、この世界では突然消えてなくなるという不可思議なことがあちこちで起こっているという。自分たちもいつ消えてしまうかわからないとおびえる住人たち。

「ファンタージエン」を救うにはどうしたらいいのか。それには象牙の塔の女王のところへ行けばなにかわかるかもしれない。

ということで、少年のアトレーユがその役目を果たすよう、選ばれた。お守りとして2匹のヘビがからみあい楕円形になっているペンダントのアウリンが授けられ馬のアルタクスと共に旅に出る。

途中「悲しみの沼」を通る。ここを通るときは自分の悲しい気持ちに負けてしまうと沈んでしまうという。1歩1歩強い気持ちで進んでいくアトレーユだったが、アルタクスが沈みかけていることに気づく。必死に励ましたがとうとうアルタクスは沈んでしまった。

沼を進むとけわしい山が目の前に現われた。山を登り頂上に立つと山全体が揺れ動いた。その山は亀の甲羅だったのだ。亀のモーラが目覚めて何千年かぶりに口をきいた。そして「南のお告げどころ」に行けばいいとおしえてくれた。

「南のお告げどころ」には1万5000キロも歩かなければならない。

とにかく前へ進むしかないアトレーユだったが、疲労困憊し、ついに一歩も歩けなくなってしまった。そのとき暗闇から現われた怪物グモルクに襲われ傷を負ってしまう。

気を失っていたアトレーユが目覚めたとき、大きな竜に抱きかかえられていたことに驚く。食べられてしまうのではないかとそっと逃げようとする。するとファルコンが「お礼も言わずに立ち去るとは」と非難する。

近くの洞窟には小人の老夫婦が暮らしていた。奥さんのほうは傷を癒やす薬を作り飲ませてくれた。だんなさんのほうは、望遠鏡で黄金のスフィンクスを見せてくれた。

望遠鏡の先には2頭の黄金のスフィンクスが向かい合って鎮座していた。その間を鎧を着た人が歩いていく様子が見えた。

黄金のスフィンクスの前を通るとき、少しでも怖がったりするとそれを見透かしたスフィンクスに攻撃され命を落としてしまうという。

見ていると鎧を着た人はスフィンクスの目から光線が出て攻撃され、命を落としてしまったようだ。

アトレーユは勇気を出して行ってみた。スフィンクスの前を通るとき、大丈夫だと思っていたらスフィンクスの目が開きかけた。危ない!と感じたアトレーユは駆けだし、間一髪助かる。

次に鏡の門が現われた。鏡にはアトレーユが映し出されていた。ところがバスチアンも映っていた。思わず本を投げ出すバスチアン。

青のスフィンクスの元にたどり着いたアトレーユ。ここが「南のお告げどころ」だという。そして「ファンタージエン」を救う方法はただひとつ「女王に新しい名前をつけること」だとおしえてくれた。

僕に頼めればいいのいなとバスチアンは本を読みながら思った。僕だったらママの素敵な名前をつけるのにと。

すると、名前をつけることが出来るのは人間の子どもだけだという。

しかもその人間の子どもはすぐそばにいる

という。

驚くバスチアン!

「ファンタージエン」とは人間の空想で作られている。だから果てしなく膨らんでいく。境界線=果てはないのだ。

しかしいま、子どもたちは夢をもたなくなった。むなしさ、絶望が広がっている。だから「ファンタージエン」に無が広がっていったのだ。

とうとう「ファンタージエン」はバラバラになってしまった。

なんとか象牙の塔にたどり着いたアトレーユ。女王様と対面する。

「間に合いませんでした。失敗しました」
とアトレーユ。

「失敗していません。あなたは人間の子どもを連れてきましたよ」
と女王様。

「アトレーユと一緒に冒険してきたのだから、わたしたちのことをよく知っています。もう果てしない物語の一部だと気がついているはずです」

バスチアンは
「そんなの信じられないよ」
と叫ぶ。

女王様は
「新しい名前を大声で叫べばいいのです。さあ私に名前をつけて!」
と。

バスチアンは思わず叫んだ!

すると1粒の砂が現われる。

「これから「ファンタージエン」は新しく生まれ変わります。バスチアン、何か願い事をしなさい!」

するとバスチアンは
「ファルコンに乗りたい!」
と叫ぶ。

ファルコンがやってきてバスチアンは飛び乗り美しい景色の上を飛び回る。
そして、いままで自分をいじめてきたいじめっ子をファルコンで追い回す。いじめっ子たちは驚いて逃げ出す。

 

 

テーマ「父と子」

原作のテーマとしては、父と子。バスチアンと父親の関係が一貫として描かれています。

母親を亡くしてから自分への関心が薄くなったと寂しい思いを感じていたバスチアン。心の奥では父親の愛情を常に必要としていました。「ファンタージエン」では命の水を父親に持っていってあげたいと両手ですくい、暗闇に飛び込み「父さん!ぼくだよ、バスチアン-」と叫びます。

現実世界に戻ったバスチアンは屋根裏の物置部屋にいました。

家に帰ると顔色が悪く頬もすっかりこけるほど心配してくれていた父親が待っていました。父親に「ファンタージエン」のことを話すとかつてないくらいに熱心に話を聞いてくれます。

バスチアンは胸がいっぱいで言葉にならないほどでした。

この父親の変化に「命の水」を持ってこられたんだと悟ります。希薄になっていた父と子の愛情が蘇ったのです。

 

 

ラスト

原作では

「はてしない物語」の本はバスチアンが「ファンタージエン」から現実世界へ戻ったときに消えてなくなっていました。

このことを伝え謝罪しにバスチアンは本屋へ向かいます。

するとコレアンダー書店の主人は「そんな本は知らない。最初から存在しない」といい「その本は俺のものではないし、きみのものでもない。ほかのだれかのものでもない。その本はファンタージエンから来たんだよ」といいます。

そしてコレアンダーさん自身もファンタージエンに行ったことがあると告白します。

「ファンタージエンへの入口はいくらもあるんだよ。

ほんとうに物語はみんなそれぞれはてしない物語なんだ。

そういう魔法の本は、もっともっとある。

それに気づかない人が多いんだ。

そういう本を手にして読む人しだいなんだ」と。

このラストは感動します。

エンデさんが映画のラストに納得がいかないのもわかります。

私も原作のほうがいいです。

映画のラストはまさにお子ちゃま向けのエンターテイメントに仕上がっていて残念感が残ります。

 

 

映画
『ネバーエンディング・ストーリー』
1985年3月日本公開