向田邦子ドラマ『父の詫び状』感想&昔の父親像

いまだ絶賛される向田邦子さん。テレビドラマの脚本家で、小説を書けばすぐに直木賞受賞。エッセイは朗読CDやカセットテープになるほど。

そんなに人気のある方の作品ならばその魅力を感じてみたいと代表作といわれるドラマ『父の詫び状』を観てみました。

私は向田邦子さん脚本のドラマを知りません。知らない人が時代遅れで観た感想です。

 

向田邦子さん

向田邦子さんといえば、黒柳徹子さんのお友達という印象です。

向田さんの住まいにしょっちゅう遊びに行っていたというお話を徹子さんがテレビで何度もしています。遊びに行くといっても、とく遊ぶわけではなく、ボーッとしていることも多かったとか。それぞれがその空間ですごすといった感じだったそうで、相当仲良くなければできないすごしかただと思ったものです。

徹子さんが向田さんの留守番電話の録音テープに早口でまくりたててメッセージを残したという話も有名ですね。

また爆笑問題の太田光さんが向田さんのことを絶賛しています。特にNHKドラマ『阿修羅のごとく』がお気に入りのようですね。

『時間ですよ』『寺内貫太郎一家』での脚本の仕上がりが遅く樹木希林さんが怒ってクレームを言ったエピソードも聞いたことがあります。

このように向田さんのエピソードはちょこちょこと知っているのです。

が、肝心の作品のほうはエッセイを少し読んだくらいでした。

 

 

『父の詫び状』

『父の詫び状』は頑固な昭和の親父がでてきます。威張りんぼうで怒りんぼう。家の中の殿様ですぐに怒鳴る。決して謝らない。そんな父親が最後に詫びる。

といったお話です。

すぐに謝らない父親だからこそ「詫びる」というのはよっぽどのことだ。

ということが肝なのでしょう。

 

 

ジェームス三木

向田さんのエッセイ本『父の詫び状』のエピソードを拾い集めて1本のドラマにしているのがドラマ『父の詫び状』。

ラストの父親が詫びるきっかけは、エッセイとドラマでは違います。

ドラマでは祖母が亡くなった後に「詫びる」ので、いっそう感動がこみ上げます。

そこは変えて正解だったと思います。

エッセイ集の中のタイトル「父の詫び状」自体は短い文章です。それを膨らませ1本のドラマにまとめる。それも感動させる内容に完成させたジェームス三木さんはさすがだと思いました。

私は幼いころから

ジェームス三木さんが手がけるドラマはいつもおもしろい。

といった印象を持っています。

ペンネームが印象に残りやすいお名前だということもあるでしょう。

「おもしろかったな」
というドラマはジェームス三木さんで

ジェームス三木さんと名前があると「おもしろくなるぞ」という

と子どもの頃から思ってきました。

たまたま観たドラマがそうだったのかもしれませんが。

なのでドラマ『父の詫び状』も「おもしろくないわけがない」という気持ちで観ました。

 

 

向田さんの父親像

「昔のドラマ」を放送するような番組で出てくる『寺内貫太郎一家』の映像は、父親役の小林亜星さんが憤慨して暴れるシーンがほとんどです。

ギャグとしてそういう父親像にしているのかと漠然と思っていました。しかし、向田さんの父親があばれないにしても、ああいう父親だったのですね。

私はドラマ『父の詫び状』の父親は嫌いです。途中で観るのをやめたくなるくらいです。

いやなところだらけを見せられますし、憤慨してきます。

ラストシーンの「詫び」を強調するためとはいえ、事実だったとはいえ、観たくない父親像です。

昭和の父親はああいう人が多かったのかも知れませんが、テレビで放送することにより、「男は、父親はこれでいいんだ」という風潮が広まったのではないかと危惧します。

ドラマ自体はさすがジェームス三木さん、まとまっていておもしろかったです。
しかし、あの父親は気分が悪くなります。「昔だから」ではすましたくない。
あんな時代に生まれなくて良かったとも思います。

昔の威張りんぼうで怒りんぼう。家の中の殿様ですぐに怒鳴る。決して謝らない父親を観てみたいという人にはお奨めします。