辻村深月『傲慢と善良』は現代の婚活物語!

ジェーン・オースティンの「高慢と偏見」を知っている人ならば、『傲慢と善良』のタイトルが酷似していると瞬時に思うでしょう。

「高慢と偏見」の原題は

Pride and Prejudice

Prideは

誇り
自負
自尊

とも訳せますが、あえて

高慢

とした邦題が広く普及しています。

「高慢」とは

うぬぼれが強い。実際以上に自分が優れていると思い込み、得意になること。 自分の才能やスキル、容姿などに過剰な自信を持っていること。

「偏見」とは

物事に対する考え方や評価が偏っていること。

ジェーン・オースティンの『高慢と偏見』は

男女それぞれの中にある高慢と偏見により、恋愛や結婚がうまくいかない18世紀末のイギリスの片田舎の物語。

それを辻村深月氏は文中で

究極の結婚小説

と評しています。

では本書「傲慢と善良」はというと

地方と東京出身の男女の
現代の婚活小説

と言えるのではないでしょうか。

あえて出身地を地方と東京にしたことも
作者のいいたいことを述べるのにふさわしい設定と言えます。

 

 

あらすじ

婚活で知り合ったカップル
西澤 架(かける)
坂庭 真実(まみ)

付き合って2年経った頃、真実がストーカーにつけられているかもしれないと言い出す。

その事を機に架は真実との結婚を決意する。

式場も予約した。

ストーカーから守るために自分のマンションに真実を住まわせる。

ある日真実が行方不明になってしまう。

ストーカーにさらわれたのではないかと疑った架は真実の行方を懸命に探す。

そのなかで自身の傲慢ぶりを自覚し、婚活にあたっての疑問も氷解していく。

 

 

傲慢と善良

「傲慢」とは、自分をすぐれていると思いあがって人を見下し態度や発言に表すこと。

「傲慢」と「高慢」の違いは
「高慢」は態度や発言に表さない
「傲慢」は実際に表す
と言われています。

「善良」とは、正直で素直なこと。

現代の結婚がうまくいかない理由

真実が登録した結婚相談所の小野里は
現代の結婚がうまくいかない理由をこう述べます。

それは
「傲慢さと善良さ」にある。

一人ひとりが自分の価値観に重きを置きすぎていて傲慢だ。その一方で善良に生きている人ほど親の言いつけを守り、誰かに決めてもらうことが多すぎて“自分がない”。傲慢さと善良さが矛盾なく同じ人の中に存在してしまう。善良さは過ぎれば世間知らずとか無知ということになる。

それゆえうまくいかないのだと。

 

 

善良さ

善良いわゆる“正直で素直”ゆえ、うまくいかないことの具体例として、坂庭真実の就活の面接での出来事をあげています。

それは、面接官に
「弊社が第一希望ですか?」
の質問に坂庭真実は
「いいえ」
「県庁が第一志望」
と答えた。
面接官はなんだか不思議そうな表情をした。
両親は呆れた顔をした。
お姉ちゃんは「バカじゃないの」って言っていた。

嘘をつきたくなかっただけなのに。
と真実は納得がいかない。

真実にはこんなところがある。
しかも自覚がないのです。

 

 

傲慢

一方の架は自分が傲慢であったことを気づいていきます。

架は真実と付き合う前に6歳下の三井亜優子と付き合っていました。その関係にも満足していました。

ところが亜優子から
「私、結婚したいんだよね」
と言われ、それを“プレッシャー”と感じてしまいます。やがて結婚する気がない架から亜優子は去っていきます。

なぜそんな若いうちから結婚に焦ることができるのか。

そんなことを思っていたら回りが次々と結婚していき取り残されたように感じた架は婚活を始めたのでした。

亜優子と別れた後に、その言葉を“プレッシャー”だと思った自分が、傲慢だったと理解します。

32歳の架は傲慢だった。未熟で身勝手だった。

亜優子のことを特別でない、と思っていた恋人だった。けれど、そもそもそんなふうに思うこと自体が傲慢であり、間違いだったと。

真実が失踪したときに架が真っ先に思ったのは

また一からあのやりとりを繰り返すのか

ということ。

真実の安否よりも自分がまた相手を探すところから婚活をやり直さなければならないむなしさを思った。

これも傲慢であると。

架は婚活に疲れていた。

まるで不動産の物件選びをするような気持ちで身勝手なことを思ってしまう。心が麻痺していた。相手を「人」として見られなくなっていく。条件のラベルをつけたリストの中から、設定や背景だけを抽出して、無遠慮に品定めするような目で相手を見ている。

このように架は自分の中の傲慢さをひとつひとつ思い出していきます。

 

 

ピンとこない

また架は
お相手を探しているときになかなかこれだ!という人に巡り会えない。ピンとこないから結婚を決められない

ということを常々疑問に思っていました。

小野里はそれを
「自己評価額」だと言います。

自分につけている自己評価額と釣り合わないとピンとこない。私の価値はこんなに低くない。もっと高い相手でなければ。ささやかな幸せを望むだけといいながら、自分につけている価値はみんな相当高い。それも無意識に。だからなかなかピンとこないといえると。

 

 

親の傲慢

親の言いつけを守り、誰かに決めてもらうことが多すぎて“自分がない”。世間知らずで無知にもなにかねない「善良さ」を持つ真実は

育ちがそうさせたのか、そうだから親がそうなったのか

真実の親の傲慢さも結婚の障害になっています。

真実が職場の飲み会で帰宅が深夜0時を回ったことがあった。
すると母親が
「家の鍵を返しなさい」
「家の手伝いをしなさい」
「夜9時をすぎるときは連絡をしなさい」
と言い出す。

架を親に紹介したときは
ギャンブルしない人なのか
自営業は大変じゃないか
離婚している人がそばにいないか

など難癖をつけてくる。

「結婚するまでは真実のことは私が責任もってこの家で見る」という親。それを裏切って外へ行くことの罪悪感を持ちつつも自立したところをみせようと家を出た真実。

「結婚するまでは真実のことは私が責任もってこの家で見るって決めていたのに」
その決意は母親の決意だ。家を出るかどうかは真実の選択で母親が決めることではない。“結婚するまでは”という言葉にも無意識のうちの傲慢さが表われているのではないか。

真実はもう30過ぎの立派な大人なのに歩む道や選択にすべて口出しし自分たちの手元から出すべきでなかったと思うのは親だとしてもあまりにも傲慢なのではないか。

子供に自立して欲しくない
親元にいてほしい
面倒見続けたい
と思うのも親の傲慢ではないか。

 

 

真実の傲慢

そんな真実にも傲慢さがある。

真実が結婚相談所から紹介されて初めて会った金井智之。

格好がダサくてときめかなった。
ピンとこなかった真実はお断りする。

後に金井が結婚をしたと知るや
「金井さんを結婚相手だとみられるのがうらやましい」
と思う。

こんなところは傲慢だ。

金井は、ダサかったかもしれないが
真面目で誠実、社交下手、打算的になれない
という善良さを持っていた。

これも結婚の障害になったのだろう。

 

 

同僚の傲慢

真実が県庁で働いていたときの同僚・有阪恵(めぐみ)は25歳で結婚したという。真実の結婚相手がなかなか見つからない理由を
「真実の婚活が在庫処分のセールワゴンの中だから」
と言います。
「掘り出し物が出てくるかもしれないけれど、新しい、ちゃんとした値段で買えるものの棚に行けば欲しいものはたくさんある」
「いきなりお見合いではなく、合コンとか複数相手とコミュニケーションをとりながらみつけていくのがいい」
と。

恵にはその話が残酷だということ、相手が傷つくことに自覚がない。

 

 

東京出身と地方出身

二人がそれぞれ東京出身と地方出身の設定にしたのもおもしろい。

地方には推薦入学ならぬ推薦入社枠がある。
それを東京出身の架は知らなかった。そうかもしれない。

推薦入社により親にいわれるまま苦労せず勤め先におさまることができる。

善良さが強い子供は親に逆らえない。
良かれと思って親が敷いたレールに乗っかる。
しかし親の傲慢さがエスカレートする中、葛藤し自立しようと家をでる。

地方におけるいろいろなしがらみに悩む
東京へ出たら自立できるのではないかと考える
東京へ出たら都会的な素敵なことがあるのではないかと考える
東京でうまくいかなくなったら戻ればいいと考える地方出身者

また東京出身者には思いもつかない地方のしがらみがあった
地方出身者の気持ちがあった

この対比も物語を一段と深くさせていると思います。

架が自分や出会う相手の傲慢さを気づいていくのに対して真実は自分の傲慢と善良に気づかない。

新車で外車の乗っている
みんなに合わせてビールを頼める
ビールの会社を経営している
おしゃれなお店に連れていってくれる架。
私達は都会に目がくらんだ浅はかな性悪女だろうか。

とも思う。

物語の後半には震災ボランティアに参加することによって真実の心境にも変化は表れていきます。

 

 

これは物語

一世一代の演技、今までついたことのない嘘をついた真実がうまく出来るわけがなく架が信じこんだのも、ラストがうまくまとまったのもこれが物語だからですね。

うまく回収しないと読者が納得しないでしょうから。

うまくまとめたことに不満を持ったならば、物語ということを思い出して。