映画『モリのいる場所』うらやましい晩年の暮らしぶり
モリとは、画家・熊谷守一(くまがいもりかず)氏のことです。
熊谷氏は明治13年(1880年)、岐阜県中津川市生まれ。
紡績業を営む地主の裕福な家に生まれましたが、欲がなく結婚後は貧しい生活を支えるために家族は苦労したといいます。
熊谷氏は結婚後、池袋近くに家を建て、約30年間家から出ない生活を送っていたといわれています。
家には約30坪の小さな森のような庭があり、この庭を好んでいました。
映画のタイトル『モリのいる場所』とは、画家・熊谷守一氏の家の中であり、家の庭を指しています。
この映画が注目されたのは
ひとつには、モリの晩年の暮らしぶりです。
家からほぼ出ない生活を送っていた人はめずらしいので、いったいどんな暮らしをしていたのだろうと興味を抱かせます。
熊谷氏の晩年の写真は白髪と伸びたヒゲですし、家から出ず社会をシャットアウトしたような暮らしぶりも仙人のようです。そのため「画壇の仙人」と呼ばれました。
映画の宣伝として強調されたのは
山崎努さんと樹木希林さんの初めての共演作で、夫婦役
ということです。
同じ文学座に在籍し50年以上経っての初共演でした。
山崎努さんは1936年生まれで1959年に文学座に入団。
樹木希林さんは1943年生まれで1961年に文学座に入団。
ということですので、樹木希林さんは山崎さんの2年後輩、年齢は7歳下です。
このお二人がどのような演技で熊谷ご夫婦を演じられるのか、盛んに宣伝していたのを思い出します。
映画の特徴
・熊谷氏の晩年の写真のような風貌、白い髪と長いひげの山崎努さんです。
・モリをかいがいしく世話をする樹木希林さんです。
・モリの家の中と庭が映画の舞台です。そこに暮らすモリの日常生活を描いています。
・森のような庭に生きている、小さな虫、植物などをズームで撮影しています。
・モリは庭にござを敷いて昼寝をします(気持ちよさそうですね)。
・隣に建ったマンションの屋上から、モリ宅を映し出しています。キレイな緑色の木々が生い茂った庭と邸宅はステキな眺望です。
・ちょっとしたギャグが入ります。
・三上博史さんの登場は謎です。モリが見た夢の中にも出てきます。
エピソード
下手も絵のうち
「下手も絵のうち」
熊谷氏が話した言葉をまとめた本のタイトルです。
熊谷氏は
「世間でうまいと、もてはやされる絵にもくだらないものがあるし、絵というのはうまいとか下手というものじゃない」
と言っていたそうです。
そのエピソードは映画の中にも出てきます。
青木崇高さん演じる岩谷が自分の子どもの絵をモリに見せて
「うちのかあちゃんが言うには、ちょっとすると(うちの子)は天才なんじゃないかって。どうですか?先生から見て」
とモリに問います。
すると、モリはひとこと
「下手ですね」
とハッキリ、ぼそっといいます。
とまどう岩谷に、続けてモリは
「下手でいい」
「下手も絵のうち」
と言います。
文化勲章を辞退
映画にも文化勲章を辞退する場面が出てきます。
モリの家に電話がかかってきて
「国から文化勲章をいただけるそうですよ」
と妻(樹木希林)が言うとモリは
「いらない」
とぼそっと答えます。
「そんなもんもらったら人がいっぱい来ちゃうよ」
というのです。
熊谷宅には全国から熱狂的なファンや画商が集まってきていて、午前中はいつも炬燵のあった6畳間はお客さんでいっぱいだったそうです。
だからこれ以上人が増えたら困るということなのでしょう。
映画では家の表札も何度も盗まれます。
モリが書いた表札ということで「高く売れるから」ということらしいです。
看板
映画ではモリに旅館の看板の文字を書いてほしいとやってきた朝比奈(光石研)の依頼を最初は断ります。しかし長野県蓼科からやってきたと聞いて「書く」と言い出します。
ところが、旅館の名前は
雲水館
なのに
無物
とヒノキの立派な板に書き付けてしまいます。
「旅館の名前を変えるしかないな」と周りにいた者は旅館の主人をからかいます。
これは事実なのか、映画での話なのかわかりませんが、「ありえる」と思ってしまいますね。
冒頭
映画の冒頭、昭和天皇がモリの絵をじっと見て
「これは何歳のこどもが描いた絵ですか?」
というシーンから始まります。
晩年に確立した「モリカズ様式」は、抽象度が高く、赤茶色の太い輪郭線で対象を区切る描き方などです。
形態は簡潔に、色彩は明瞭に描きます。
おもなキャスト
熊谷守一
画家
通称「モリ」
:山崎努
熊谷秀子
モリの妻
:樹木希林
藤田武
カメラマン
:加瀬亮
鹿島公平
カメラマンの助手
:吉村界人
朝比奈
旅館雲水館の主人
:光石研
水島
建築関係
:吹越満
岩谷
建築関係
:青木崇高
美恵ちゃん
:池谷のぶえ
荒木
:きたろう
昭和天皇
:林与一
謎の男
:三上博史
熊谷守一の晩年の暮らし
97歳まで長生きをした熊谷守一氏は規則正しい生活でした。
朝8時頃 起床
朝鮮人参を煎じたものを飲む
ご飯を軽く1杯と干物や野菜、味噌汁
朝食後はひと休み
午前中は来客対応
あるいは庭の散策
お昼ご飯はパンかうどん
13時頃から16時30分頃まで昼寝
夕食はご飯を軽く1杯と魚かヒレステーキ。
夕食後は夫人と碁。
その後、1~数時間アトリエで絵を描く。
入浴して23時頃就寝。
のんびりと休憩を入れながら、しっかりとご飯も食べ、好きなことをするという暮らし方が長生きの秘訣と思えてしまいますね。
それは秀子夫人や周りの世話があったればこそ、やりたいことだけを気の向くままにできたのではないかと思います。
熊谷守一所蔵美術館
豊島区立熊谷守一美術館
(東京都豊島区)
http://kumagai-morikazu.jp/index.html
熊谷守一つけち記念館
(岐阜県中津川市)
http://www.morikazu-museum-tsukechi.jp/
映画
『モリのいる場所』
2018年公開
監督・脚本
沖田修一
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