瀬戸内寂聴・池上彰 共著『95歳まで生きるのは幸せですか?』

頻繁にメディアに出てお元気な様子を伝えてくれる有名人で最も高齢な瀬戸内寂聴氏は、百歳を目前にして今まで以上にメディアでとりあげられています。作家であり僧侶であり、高齢にもかかわらずお元気なのは、どういう生き方をしているのか、世間の興味を引くのだと思います。

前半は瀬戸内寂聴氏と池上彰氏の対談で綴られています。なかなかおもしろい対談です。

しかしこの本の肝要は、後半部分。

日本では「宗教は日常生活に必要とせず、葬式宗教としてとらえている」現状をあげ、実は日本人は宗教に興味を持っていることを指摘し、老いと死を迎える心構えを説く「場」があっても良いのではと述べています。

本来、老いや死に対する不安を和らげてくれるものだった仏教が、残念ながら日本では力を失ってしまっているように見えます。だから、日本人は宗教とは距離をおき、「終活」という形で老いや死に備えるようになったのでしょう。

 

一方で、日本人の宗教に対する興味は失われていません。お寺巡りをしている人も珍しくありません。「パワースポットめぐり」も信仰心・宗教心のあらわれでしょう。

 

高齢者施設や病院に「カウンセリング」と称してお坊さんがやって来たら「縁起でもない!」「葬式がほしくて死ぬのを待ってるのか」なんて言われかねません。葬式仏教ばかりやってきたため、僧侶をまるで死を連れてくる死神のように感じてしまうのですね。

これがキリスト教系の病院であれば、伝道師がやってきてもまったく不自然ではありません。すんなり受け入れられると思います。アメリカ軍にも従軍牧師がいます。

 

受験予備校があり、就職予備校があるのですから「終活予備校」として、老いと死を迎える心構えを説いてもいいでしょう。亡くなった人を供養する「葬式仏教」を乗り越え、生きている人たちのための教えを、きちんと説いてくれるお坊さんが増えることを期待したいですね。

 

「死んだらどうなる?」という問いに答えられるのは宗教しかありません。

「死んだらどうなる?」がわかったら、自殺をする人はいなくなるでしょう。

宗教に対して大変な嫌悪感を抱く日本人。オウム真理教のようなイメージが宗教。あるいは冠婚葬祭のとき、特にお葬式のときに行なうものと思っている人が大半でしょう。

「自分はなにも信じていない。無宗教です」と言うのがスタンダードで何かを信仰していると言うと「えっ?!」と思われる。「無宗教」と言っているわりには初詣へ行く。神社で手を合わせる。それって宗教なんですけどね。

 

終活で最も肝心なことは、延命ではなく、「成仏すること」です。

 

これをわかっている人は今は少数かと思います。しかし「成仏」とは観念ではなく誰もが見てわかる「現象」です。「じゃ、成仏するにはどうしたらいいの?」ということで成仏する方法があることは、やがて広まっていくでしょう。早くその日がくることを心から望んでいます。

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